恐怖と不安に向き合うこと
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昨日、パームスプリングスと言う題名の映画を観ました。
パームスプリングスは砂漠のリゾート地としても知られていて、
とても好きな場所です。
個人的には、映画も最高でした。
毎日が繰り返される中で、
どう楽しむか。
何が大切か。
どんな気分で毎朝起きているか。
そんなことを今一度考えさせてくれる良い映画でした。
日々は違えど、わたしの日常にしていることはほとんど同じで、
毎日それが習慣のように、繰り返されています。
その中でも日々のほんの少しの違いを見つけて楽しむ事を考えていましたが、
映画を観て、同じような日でも深みが出てくればそれもまた楽しい事に気が付きました。
歳をとることは素晴らしいこと。
わたしの恐怖や不安が少しずつ減っているのも、
時間をかけてゆっくり深みに向かっているからのようにも思います。
少し物事をスローダウンしてみると、
普段考えない気持ちの部分に注目できます。
例えば、
なんか今日人と話す時不安、とか。
プレゼンの前の日、なんか寝れない、とか。
その奥底の原因は、
人にどう思われるかが怖いんだなあと気が付きます。
普段かっこつけている割にすごく度胸がなく、ちっちゃいなあ、と。
嫌われたくないから、
自分の意見をさらけ出すことは悪、
それがまた自信を削ぎ、不安や恐怖を増大させるのです。
不安や恐怖にかられている時は、
本当はダサいのをいっぱい持っているのにそれを受け入れられていない自分がいます。
でも、それがわたしなのです。
ほんとにダサいなあっと言い続けると、少しの事でも自分を愛せるようになる。
そして、無理に強くなる必要はないことに気が付きます。
////恐怖と不安に向き合うこと////
恐怖や不安がいきなり消えることがあります。
その瞬間はわたしがわたしを認めている時でもあります。
他人の中に生きず、フラットな状態です。
強がらず、常に自然体。
せっかく今を生きるなら、
何かにとらわれていずに、フラットで生きたい。
プレゼンで自分の言葉を話す時は、すごく緊張します。
でもその緊張の先が分かると、結構大したことないんです。
人に嫌われはしないかなんて考えているのでしょうが、嫌われてもまあ良い。
失敗ぐらいがちょうどいい。
気になる女性に声をかける時、無視されないか不安です。
でも、まあ無視ぐらいがちょうどいい。
お得意様から休日リラックス時にメールが届き、返さないと失礼ではと思ったりします。
が今は返したくない、したくない、が今の本当の気持ち、その選択がちょうどいい。
すべて完璧にできないことを受け入れ、自分の心に正直で生きることが、日々の深みを養い、
不安や恐怖を遠ざけます。
ぶっちゃけた話、
恐怖の先にあるのが何なのかがわかると、
大抵どうでもいいことがほとんどで、
まあダメでもいいじゃないかと思うことばかりなんです。
キャンプによく行くのですが、
寝ている間にクマが来て殺されはしないだろうかと不安で最初は寝れませんでした。
これは必要な恐怖と言えますが、
まだ見ぬ先の起こり得ない現実に不安になっていることで、今を生きることに集中出来ないのは、
生きていないのと一緒です。
今、目の前にある状況や周りにある美しい人たち、
月明かりでめちゃくちゃ綺麗な山や湖と、
共にいている時間がもったいない。
何事も、恐れずにいきましょう。
恐れなければいけないのは、
わたしがわたしでいられないこと。
自身を愛せずに時間を過ごす事。
昨日観た映画のように、
どんなに毎日が同じことの繰り返しであれ、
自分に素直になり愛すことで、
すべての恐れや不安を軽減し、楽しく感じれる。
そうなると物事により深みがでて、
ほんの小さなことにも幸せを感じることができ、
今この一瞬を楽しむ事が出来るんだなあ、と。
そう思い、
いつものようにコーヒーを飲みながら、
わたしは、また今日と言う日を過ごすのです。
禅人