カルマ
やっと自宅待機命令が解かれ、
天気も晴れのち、曇り。
少し肌寒い、とても気分の良い一日です。
しかし、日曜日明けで残念なことにゴミがそこら中に落ちています。
華の月曜日、
コーヒーを買いに行きましたが働いている人々の気分があまりよさそうではありません。
運転もなにやら荒く感じました。
そしてふとカルマが頭によぎり、何日か前のある友人の話を思い出しました。
それは彼女自身の経験でもあり、
行いは、のちに自分に返ってくると言っていました。
それは、悪い行いも良い行いもです。
彼女は、誰にも親切で笑顔の絶えない方です。
なぜ、そのように人に接することが出来るのかと聞いたら、
昔した過ちから学び、
とにかく人や物に対しても、出来る限り明るく、接するようにしていると語ってくれました。
彼女の場合それが、無理に笑顔を作っているようには見えないので、とても素晴らしい人格者だと思っています。
わたしは、
過去にいろいろな人に対して失礼な事もしたと思いますし、
今でもたまに疲れ果て、人に対してきつくあたってしまうことがあります。
その行いは、必ず返ってきているようにも感じていました。
少し気分が悪い時に、人に失礼な態度などとっていないかなど気を向けるようなったことに気が付きました。
誰もが、疲れているときは話したくないだろうし、
相手の事を気遣う発言が出来なかったりもします。
それでいいのだと思いっていましたが、
わたしの機嫌を尊重してほしいなんて、接してくれている方には関係ない事でした。
目の前で接客をしてくれている定員さんや、渋滞しているときにのろのろ運転の人に対してムカついてしまったり(アメリカで運転中にはよく中指を立てるジェスチャーで人を貶します)、やさしくなれない時があったりします。
無理にやさしくする必要はないと思いますが、
行いは必ず返ってきます。
わたしが、笑顔で話し相手に対して楽しんでもらおうと心がけることで、
またいつかそれを別の形で返ってきたりします。
悪い行いをしたら、
またそれもべつの形になり、返ってきます。
////カルマ////
環境破壊や世界情勢にも言える事だと思います。
自分だけが楽をしようとしたり、
自分だけが得をしようとしたり、
自分だけが誰かを傷つけたり、
自分だけが生き延びようとしたり、
こういった様々な形で、自分のみの楽や利益の為の業は、業深く、
それは必ず他の誰かもそれを行い、わたしたちに必ず返ってきています。
思いやりを持って行動するということは、
単に相手の事を先に考え、意見など尊重することだと思っていましたが、
日々の行いであるとも言えるのです。
ごみを公園に投げ捨てれば、のちにレストランなどでテーブルが汚かったりします。
人にキレれば、あとで中指立てられたりします。
運転が荒ければ、荒い他の誰かにぶつけられます。
自分の不調や苛立ちからくるあらゆる負のエネルギーは、
他人を傷つけるだけではなく、
結果として自分自身も傷つけるのです。
だだ、良い笑顔で接するだけで良い。
ごみはゴミ箱に捨てて、
常に周りに対してリラックスして生きる事。
後でその思いやりが自分を思いやってくれるのではないだろうかと、
また一つ、
豊かな知恵を与えて頂いて友人に感謝です。
今日一日せっかく生きるなら、
行いを少しでも良くして過ごすことが、
私自身に活力を与え、
静寂で、
争いのない時を過ごせるのでしょう。
禅人