不安や信用できないことへの対策は体験と行動 | Sroute66

不安や信用できないことへの対策は体験と行動

アメリカも一度は、収まったコロナもまた増えてきました。

日本もオリンピックをこんな状況でも開催することが出来て、

良かったと思います。

わたくし事ですが、

最近、1dayLAと言うチャリティーイベントに行きました。

3時間くらい高校やプレスクールなのでのボランティア活動をすると、コンサートのチケットが無料でもらえて、

ジャスティンビーバーやジェイダンスミスなどの豪華アーティストの大きな新しいスタジアムでのコンサートに参加してきました。

このイベントは宗教に関連しており、イエスを信じることで人生を変えることができる。  有名なアーティストであるジャスティン・ビーバーも、イエスについて信じており、彼が自分を変えてくれたと語っています。

わたしの友達は、クリスチャンが多いので教会に良く誘われます。

何度かバーベキューに参加した時の印象は、

行くとみんな怖いぐらいにいい人で、

穏やかな人が多い印象があります。

そのイベントの最後では主催者スピーチがあり、

熱狂的なクリスチャンがいて、

泣いたり、

大きな声で、彼の言う言葉一つ一つに賛同していました。

わたしは、久しぶりに宗教と国のカルチャーの違いを再認識していました。

久しぶりに『外国人』を感じました。

言葉やアメリカ生活になれても、信仰の違いがあるだけで深く理解することが難しく感じました。

そのイベントではloveを掲げ、

こんな状況だから皆助け合いをしていこう。とスピーチも素晴らしく、

とても気持ちの良いイベントではあったものの、

会場のほとんどの人がマスクをしていなくて、なんだか言っている事と人々が行っている事との間のギャップで、

何がloveで助け合うのかがもやもやし、分からなくなりました。

クリスチャンの友達に聞いたら、マスクをすることは宗教上に神を冒涜する行為で反していることらしいので、マスクをしているキリスト教指導者はいないと言っていました。

わたしの当初の意見では、

マスクをすることは、感染拡大を防ぎ、今やワクチン接種をしていない人にとってマスクをしない行為自体が、loveや助け合いとはかけ離れた行いだと思ってしまったので、会場でずーっともやもやしていました。

しかし、

学んだことは、考え方はたくさんあるということです。

死が悪い事ではないし、死は永遠の命であり、死に対しての考え方が全く違うのであれば、マスクをするしないを気にしない理由もわかる。

結果、なにが言いたいかというと、

受け入れる心を持ち理解することは必要であるということです。

実際に、キリスト教のメサも行かないのにあまり信用できないものだと決めつけている自分がいたのです。

今回のイベントに参加したことで、どんどん自分の考え方が狭くなっていることや、信仰や思考が違うことで壁を作り、彼らを別の人間だと決めつけている自分がいることに気が付けました。

多くの場合、

体験や行動もせずに本当にその事実を自分で解釈できるだろうか。

 

////不安や信用できないことのへ対策は体験と行動////

恋愛も、

友達も、

家族も、

宗教も、

すべて一度、怖がらず体験をしてみる必要がある。

本当に必要なのは、行動し体験し、本当の意味でその結果を知る事。

 

アメリカに来たすぐの頃のわたしは、誰とでもオープンに話ていました。

来る前に、インドやマレーシヤなどたくさんの国を旅し、とてもいい経験をしたので世界は一つだなんて思ってました。

海外旅行だけでは体験できなかったことが実際に海外に住み始めてから起こり、

いろいろな出来事で人を信用できなくなるような経験をした為、

すっかり殻に閉じこもっていました。

大抵は、知識のない物事や人に対して自らジャッジしてしまい相手との壁を作るのは自分である。

実は、それがわたしの固定概念でもあり、いつも楽しむ事を邪魔します。

でもそれはしかたがなかったのかもしれません。

以前のわたしは、自分の考えを持たず人に合わせることでしか生きることが出来なかったからである。

わたしの考えがないなら、

どうやって人の考えや物事を理解することが出来るのか。

自分に考えがないと、宗教や恋愛もそうですが、多くの事に依存し生きていくことになります。

そして裏切られた時に、『自分がない』もしくは『自分を知らない』ので、恐れ苦しみ殻に閉じこもるのです。

だから、

今回のイベントでキリスト教のメサを知りもせずかたくなに断っていた自分が、なにやら滑稽で、

今まで壁を作りながら防御態勢で生活していたわたしは、

人を信用する、してみようという行為を初めから目を背けていたので、なにやらもどかしく、うまく行かなかったということに気が付いたのです。

初めから死に対してのクリスチャンの考え方を知っていたら、こんな気持ちにならなかったと思う。

こうやって一つずつ自分を知り、相手を知ることはとても楽しくて、海外に住んで良かったと思う一つでもあります。

昔にオウム真理教やイスラム教過激派などのから、宗教は洗脳的で危険であると日本では植え付けられた記憶があるので、教が付くことにあまりいいイメージがなかったのが原因でもある。

その考えをも受け入れてから、友達が誘ってくれているメサに顔を出してみようと思います。

 

禅人

 

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