自分の意思で選択する人と相手の意思で選択する人

昨日、旅行から帰ってきました。

ニューメキシコにあるホワイトサンズを目指して、2000マイル以上のロードトリップでとても大変でしたが、有意義な時間でした。

人生には限りがあります。

自分の為に毎日の選択を自分軸に沿って行い、それを実行することが、

ある意味で正解でも不正解でもない正しい選択であると最近感じております。

物事にあまり、良いも悪いもないような気がします。

わたしは、自分の意思が強い方で頑固ですが、その反面気分屋です。

言ったことをやはり好きではないといきなり予定変更もして、

別の事をしだしたりするので、

まわりの人達はとても困惑したり、怒ったりすることがあります。

一度口にしたり、決めたりしたことは必ず成し遂げなければならない。と、いつからか思うようになり柔軟性がなくなった気がします。

考えを通す事は、とてもいいことです。

一度口にしたことを実行し続けるのも信用出来る要素になります。

だから、一度口にしたことをしないなんて恥だと思ったりしてました。

最近、友達と音楽イベントに行こうと計画していましたが、あることがきっかけであまり気が乗らなくなり行くのをやめることにしました。

現時点では、一緒に行こうと計画していた人たちからの信用を失うのを一度恐れましたが、行くのがちょっとめんどくさいなという自分の気持ちを尊重しています。

時に自分の信念や気持ちを大事にするときには、

相手に迷惑をかけても構わないと思う柔軟性が必要なんだなと気が付きました。

口にしたことをやらない人は、嫌われたり避けられたりするという記事を見たことがあります。

なにやらそこにわたしが思う人に嫌われたくない病が潜んでいる気がしました。

口にしたことをしないと嫌われる。

まわりに信用されない。

とか、実はこれが深層心理です。

しかし、その口にしたことや自分がやるぞと決めた事を実はやりたくないことに変化してしまったりすることがある事に気が付いているのに、わたしの深層心理が邪魔をいつもするのです。

本当にしたかったことは変化します。

それは、ある人の言葉がきっかけであったり、

環境の変化、

コロナの影響などもそうでしょう。

だからこそ何を信じればよい選択になるのかを良く研究しなければなりません。

自分に問い、

常に新しい考え方、柔軟な脳の使い方を覚える必要があると思います。

ここでわたしが言いたいのは、

ある種人間のタイプは二つで、

自分の意思で選択する人と相手の意思で選択する人が存在することです。

わたしはたぶん自分の意思で選択をしないと生きてはいけない人間であり、その急な意思決定にも柔軟な人が将来一緒にいてくれる人になるような気がします。

 

////自分の意思で選択する人と相手の意思で選択する人////

どちらがいいも悪いもない。

自分の意思尊重型は、たまに迷惑もかけウザい時も多いが、頼もしい。

相手の意思尊重型は、面白くはないがやさしいし、落ち着く。

企業に働いてお金をもらうのが好きな人もいれば、自分で起業してお金を稼ぎたい人もいる。

恋愛においてもデートスポットを決めたい人もいれば、決めてもらいたい人もいる。

前者がいいのか後者が良し悪しはないし、人それぞれである。

だから相手を自分の目線で測ることをやめ、

意思変更があった場合でも、信頼を失う事を恐れずに選択することが重要である。

 

わたしがこういう選択をしたら、相手がこう思うだろうと考えていると自分の意思を尊重することが出来ないし、深層心理を知ることが出来ない。

それは、自分の凝り固まった考え方や生き方も『相手』として考えてみたい。

わたしが一度口にした絶対にしなければならないことや、夢なども常に変化していることに気が付いていかなければいけない。

それは、人間タイプの違いや環境の変化、人の気持ちも変わるし、絶対こうしなければいけないなんて基準はこの世にはないからだ。

相手の信頼を失うことを恐れたり、

自分自身の一度決めた事を諦めることで起きる自尊心を失うことを恐れていては、

脳ですでにわたしのしたい事が変更されてるのに気が付かずに生きること自体が本当に恐ろしい事だということに、気が付くことが出来ない。

もっと柔軟に、

頭を柔らかくして、

常に今の自分の気持ちを大切にを選択の判断材料にすることで、

昔や未来にとらわれずに、

わたしのなりたい自分になれると信じて今日もgymに行きたいと思います。

 

禅人

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です